第1章 見習いトリオ
「あれ、そういえばバギーは?」
「ああ、なんか血相変えてどっか走って行ったぞ。悪魔の実は貰ったとかなんとか言ってたから、食べたくなったんじゃねェか」
「得体の知れないもの、よく食べる気になるわね」
心底嫌そうな顔をするフレイアに同意を返しながら、シャンクスが椅子に座りなおす。すっかり静けさを取り戻した前方の海と、背後から僅かに聞こえる宴の声。両極端な音を聞きながら、もう残り少なくなった瓶を傾けていると、隣から強い視線を感じて振り返る。
「どうかしたか?」
「……お酒って美味しい?」
「おう」
「そっか」
「……飲むか? ファイさんも見てないぞ」
差し出された瓶を穴が空くほど見つめたフレイアは首をゆっくり横に振った。
「バレた後が怖い」
「だよな」
ファイは基本的に娘に甘いが、これと決めた時は容赦しない男だ。恐らく容認したシャンクスもタダでは済まないだろうと、軽く身震いしながら残りを飲み干す。
「なぁ」
「なに?」
「お前さっき、世界中の島に行ってみたいって言ってたよな」
「うん。色々なところで色々な人や町や文化を見てみたい」
生まれた時から海の上で様々なものを見てきた。しかしそれはあくまで世界の一部でしかないのだと、ロジャーはよく上陸した島の話を寝物語に聞かせてくれた。そしてフレイアが行ってみたいと言うたびに「自分の船で好きに世界を見て回ればいい」と豪快に笑ったものだ。幼い時のことだが、ロジャーの話は未だに鮮烈に心に残っている。
「そうか……」
心なしか嬉しそうに見えるシャンクスの表情にフレイアがきょとんとした顔をすると、何でもないと麦わら帽子のつばを下げる。
「そういえばシャンはなんて答えたの?」
「え?」
「さっきの質問よ。バギーが笑うくらい面白かったんでしょ?」
瞳を輝かせながら身を乗り出してくる少女にシャンクスが僅かに顔を逸らしながら頬をかく。
「海賊として、時間をかけて世界を見て回ろうと思ってる」
「え、笑う要素どこ?」
「知るか! おれにもさっぱりだよ!」
「はは、でもそれなら、どこかの島でばったり会うかもね」
「この広い海でか?」
「どんなに広くても私には友達だもん」
そう言って屈託なく笑うフレイアにシャンクスは意地の悪い笑みを返す。
「でも、バギー言う通りそうなったら容赦なしだぞ」