第6章 新しい家族
完璧に無意識だった。五感が働く前に危機感が仕事をするという体験自体が、彼にとって初めてだった。初撃を半ば運で守れたものの、二、三と自分を襲って来る斬撃に対処しきれず血しぶきが飛ぶ。
「エル!」
遠くでレオーラの声が聞こえるが、彼の頭に居るのは目の前で蜃気楼のように影を揺らす少女だけだ。自分の身体が熱と痛みを発する中で、頭だけが冷め切っていた。
【明鏡止水】を受ける一方だったエルトンが、口許に満面の笑みを浮かべながら前に踏み出した。純粋に目の前の相手を消すこと以外に一切頭を使っていない。向かって来る斬撃を全て受け流してフレイアに肉薄した瞬間、一発の銃声と共にエルトンの身体が崩れた。
「まったく……興奮して子供相手に本気にならないの」
拳銃を構えたレオーラがやれやれと溜息を吐く。倒れたエルトンのすぐ隣に、フレイアが荒い呼吸を繰り返しながら座り込んだ。刀を両手で握ったまま、小刻みに震える自分の身体を冷静に眺める。
(レオーラが止めてくれなかったら死んでた……)
「殺されると頭が認識するほどの殺気は初めてだった? まァ倒れなかっただけ凄いよ」
「……」
フレイアの手から刀を外しながら、レオーラはくすくすと笑う。そんな彼を見て、少しずつ震えが収まっていくのを感じながらフレイアは大きく深呼吸した。
「いってェ」
「自業自得だろ。制御できないんだから気を付けろって」
「ああ、悪い……」
周りで倒れているクルー達を見て、エルトンが申し訳なさそうにマルコに手を合わせる。倒れた者達を起こしていたマルコ肩を竦めるだけで、何も言わなかった。
「落ち着いた?」
「……ええ」
ビスタが持ってきた救急箱で、怪我を自分で治療し始めたエルトンをじっと見つめていたフレイア。その隣に腰かけると、レオーラは彼女の刀を手渡しながら口を開いた。
「じゃあ講評タイムといこうか」
「……」
「まず、良いところね。基礎は誰が見ても文句なしで完璧だよ。運動神経や反射神経と言った身体的な面も、発展途上なことを考慮しても十分と言える」
淡々と温度のない声が贔屓目のない素直な言葉なのだと伝えてくる。