第19章 月花
光秀とさえりは徳利を持って信長の席を訪れた。
「二人とも、あの戦火からよく生きて帰った。褒めてつかわす」
「はっ」
「ありがとうございます」
光秀が信長の盃に酒を注ぐ。
「時に……」
信長がにやりと笑う。
「自分の女を奪われる気分はどうだ、光秀」
光秀は信長を仰ぎ見た。
「奪われた記憶はありませぬが」
「ほう……」
「さえり、もっとこっちへ来て酌をしろ」
信長がさえりを呼ぶ。不穏な空気が流れる。
「えっ、え?」
「早くしろ」
「は、はいっ」
慌てて信長の側に行き、酌をする。
「さえり……」
光秀の顔が厳しくなる。
「あの手紙の真意は、そういう事でしたか」
「さえり、今からでも遅くはない。天下人の女になる気はないか」
信長がさえりに顔を寄せた。
「え、あの、ちょっと」
「いくら信長様と言えど、許されるものでは御座いませぬ」
「ほう、ではどうする」
「武将ならばやり方は只ひとつ」
光秀が片膝を立てる。
「刃向かう気か貴様。良かろうこの場で決着を……」
「止めて下さい!」
二人の会話を遮ってさえりが叫んだ。
「……くっくっくっ」
信長と光秀はさえりを見たあと、同時に吹き出した。それを見て冗談だと気づいたさえりは真っ赤になる。
「酷い! 二人してからかったんですか!?」
「あの三文芝居に素直に引っ掛かるお前が悪い」
珍しく二人は腹を抱えて笑っている。さえりが拗ねる。
「悪かった。そう拗ねるな。愛しているぞ。さえり」
ちゅ、と光秀がさえりの頬に口づける。
「もう、信長様の前なのに……」
口づけひとつで、つい許してしまう。
「光秀に飽きたらいつでも来るがいい」
信長はまだ笑いながら言った。
「では席に戻るぞ」
光秀が立ち上がった。さえりも一緒に立ち上がる。二人の去り際、信長はさえりの手を引き、囁いた。
「さえり、貴様に命を下す」
「光秀を死なせるな」
さえりはにっと笑って答えた。
「御意」
そして光秀を追いかけて行った。
「あやつ……分かっておるな。少し光秀に似てきたか」
「最高に面白い女を拾ったものだ」
信長は満足そうに盃の酒をあおった。