第35章 毒
その時、さえりを呼ぶ声が聞こえた。
「さえり。家康を呼びに行ったのではなかったのか?」
半ば呆れ顔の光秀が、笑いながらそこにいた。
「あっ、そうだった! 家康、軍議が始まるよ」
察するに、さえりは軍議が始まると呼びに来たが、そのまま話し込み、今度は光秀が探しに来たと言うことだろう。
「あんたらしいね」
「全くだ」
「もうっ、馬鹿にしてるでしょ」
さえりが頬を膨らませ拗ねた素振りを見せる。しかし急に何かを思い出した様に手をたたいた。
「二人、仲直りしたんだね!」
家康と光秀は顔を見合わせた。それは思いがけない発言だった。
先日までの二人のやり取りを、さえりは気付いていたのか。
「喧嘩なんてしてないけど」
「ああ、してないな」
さえりは小首を傾げた後、そっか、と笑った。そしてパタパタと小走りし、先に広間へ向かう。
「今日の議題は小国のいざこざについてだそうだ」
「またですか」
「戦になるかもしれんな。頼りにしているぞ、家康」
家康は内心ため息をついた。光秀のその発言は本心だろう。時々見せる信頼は逆に嫌味にしか聞こえない。しかも時おりみせる本心を嬉しく思ってしまうのだから本当にたちが悪い。
「当然です」
さえりが廊下の先で、早くと言わんばかりに手招きしている。
家康と光秀は互いに頷き、笑顔でさえりの後を追っていった――