第16章 密会
その夜、さえりは安土城にある自分の部屋へ続く廊下を歩いていた。
足取りは重い。
今日は光秀の姿を見られただけで満足だと、何度も何度も自分に言い聞かせる。
「はぁ……」
ため息をつきながら、襖を開けた。
その時。
中から手が伸びてきて、部屋に引きずり込まれた。
「んっ!」
口を塞がれ、声を出せない。
一体、誰……!
逃れようともがく。
「静かに」
耳元で聞き覚えのある低い声がした。それは愛しい人の甘い囁き。
口を覆っていた手が離される。さえりは動きを止め、ゆっくりと振り返る。
思った通りの人物がそこに居た。
相変わらずの、意地悪な笑みを浮かべて。
「幽霊でも見たような顔だな。さえり」
「光秀さん……!」
さえりは思わず抱きつき、自分から口づける。光秀はさえりを抱きしめ、口づけを受け止めた。
暫く甘い口づけが続く。
「もう、お仕事は終わったんですか?」
唇を離した後、さえりが問う。
「いや、まだだが……」
「お前に逢いにきた」
昼間、遠くに見えた背中が、余りにも寂しそうで。解決するまで傍に置かないと決めたが、逢わないとは決めていない。自分でも少し言い訳がましいな、と光秀は思う。
「また天主に呼び出されないとも限らないしな」
「えっ?」
「いや、こっちの話だ」
いつだったか、しょげているさえりを案じた信長に天主へ呼び出された事を思い出す。
「辛い思いをさせているな」
「いえ……」
さえりは首を横に振った。
「寂しいですけど、辛くはないです」
「貴方が無事に帰って来てくれるなら」
辛くない筈がない。強がりなのか、そう思い込もうとしているのか、さえりは気丈に答える。
「だったら……」
光秀はさえりの唇に指を這わす。
「頼むから、出血するほど唇を噛むな」
さえりの唇には、強く噛んだ跡と、出血の痕が見てとれた。
さえりの唇が震える。
光秀の胸にさえりは顔を埋めた。
「逢いたかった……」
「俺もだ」
二人は静かに寄り添っていた。