第16章 密会
「もう少しだけ、待っていてくれるか」
光秀はさえりの髪を撫でる。
「はい」
「でも、急いで危ない事はしないで下さいね。ちゃんと待ってますから」
きっちり釘を刺された。
「わかった」
光秀は苦笑いしながら、強くさえりを抱きしめた。
ふと思い出して、光秀はさえりの着物の袷を少しずらした。先日沢山付けたはずの紅い痕はもう消え失せていた。
「消えてしまっているな」
さえりの胸元に唇を這わせ、強く吸う。
「あっ……」
新たな印が刻まれる。消えるからこそ、また付ける事ができる、紅い痕。
さえりは愛おしそうに、その痕を撫でた。
その仕草を見た光秀は堪らずさえりの手をとった。
「少し、散歩でもするか」
「えっ、良いんですか?」
「今宵は朔だからな。城の庭位なら大丈夫だろう。余り時間は取れないが……」
二人は用心深く庭に出た。
月明かりが全く無い庭の、更に人目に付きにくい端の方を歩く。
ふたつの影と微かな足音。
それは散歩と呼ぶには余りにも短い、庭を一週するだけのものだった。
それでも、かけがえの無い大切な時間。
闇夜で顔は見えないが、手からお互いの体温が伝わる。
もう大丈夫。
私は
俺は
次に逢う時まで、自分を保てる。
短い散歩を終えた後、光秀はさえりを部屋まで送り届けた。
「さっきの熱烈な口づけはなかなか良かったぞ」
さえりは自分から飛び付いて口づけた事を思い出して赤面する。
「次も期待したいものだな」
意地悪な笑みを浮かべた後、光秀は触れるだけの口づけをした。
そして少しだけ名残惜しそうに、闇夜に消えた。
「光秀さん……」
さえりは愛しい人の名前を呟く。
誰が何と言おうとも、私は、私だけは、貴方を信じている。
信じて待っているから、どうか無事で。
さえりは見えない月に想いを馳せた。