第35章 毒
さえりは光秀の手を取った。その手はひやりと冷たく、まるで体温を感じさせない。さえりは体温を分け合おうと光秀の手を握りしめた。
「光秀さん。お願い、頑張って……」
祈るような呟きに、一瞬光秀の口元が弧を描いた、気がした。
光秀の額の汗を拭う。今はこれぐらいしか出来ることはない。
「薬、出来たよ」
家康が湯呑みに解毒薬を入れ持ってきた。無理やり光秀の体を起こす。
「光秀さん。飲んで下さい」
意識が朦朧としている光秀に、何とか薬を飲ませようとするが上手くいかない。非常にもどかしく、時だけが過ぎていく。
「貸して」
堪らずさえりは家康の手から強引に薬を奪い、それを一気にあおった。
「何を、……!」
さえりは光秀に口づけ、そのままゆっくりと飲ませていく。こくり、と光秀の喉が鳴り薬を飲んだ事がわかる。さえりは光秀が薬を全てを飲み尽くすまで、それを何度も繰り返した。
「凄いね、あんた」
「あっ……」
光秀を寝かせた後、側から聞こえた声にハッとする。薬を飲ませることに必死過ぎて家康の存在を忘れていた。急に恥ずかしくなってきて、家康の顔をまともに見られなくなる。
「もしも……、いや」
道具を片付け立ち上がった家康を、さえりは首を傾げながら見上げた。今、何か言おうとしていなかっただろうか。
「片付けて来るから、少し光秀さんみてて」
「わかった」
問う間を与えず天幕を出ていく家康が少し気になったものの、今のさえりは光秀の事で頭がいっぱいだった。