第35章 毒
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さえりは大急ぎで天幕へと走った。息の乱れを整える間もなく目的の天幕へと飛び込む。
「光秀さんが怪我したって、本当……」
勢いよく言いかけて、そこで横たわる光秀を目にし、言葉につまる。光秀の息は荒く、尋常ではないことは直ぐにわかった。
「家康! 一体何が起きたの……?」
さえりは光秀の側で、薬草を調合している家康に駆け寄り問い詰めた。
「毒矢を受けた。今、光秀さんは体内の毒と闘ってる」
「そんな……」
家康の言葉が耳を滑っていくようで、全く頭に入ってこない。目の前の現実を直ぐには受け入れられなくて、麻痺した頭で光秀を見つめた。つい昨日まで、あんなに意地悪していたのに。さえりは俯き、膝の上で拳をギュッと握りしめた。
「ごめん」
「えっ……」
謝られた意味が分からず、さえりは顔をあげ家康を見つめた。家康も真っ直ぐにこちらを見据えている。
「任せてって言ったのに。こんな事になって」
家康の謝罪の言葉に急激に頭が冷えていく。天邪鬼の家康がこんな素直に謝るなんて余程の事だ。今現実から目を逸らしたらきっと後悔する。さえりは唇を噛み締めた。
「いま解毒薬を作っているから。もう少し待ってて」
「……わかった」
「武将は毒に耐性があるから、余程の事がない限り死ぬことはないはずだよ」
「……そっか」
家康が気遣ってくれていることは分かっているが、上手く言葉が出てこない。家康のせいじゃないよって言いたいのに、今それを言葉にすると、嘘のように聞こえそうで怖かった。
さえりは家康から目をそらし、光秀を見た。先程と変わらず苦しそうで、顔色は悪く大粒の汗を流している。側で見つめていると、不意にその青白い唇が動いた。
「……さえり……」
「光秀さん! 気がついたんですか!? しっかりしてください!」
慌てて声をかけるが、返ってきた答えは光秀ではなく、家康からだった。
「うわ言だよ。さっきから時々そうやってあんたの名を呼ぶんだ。……よっぽどさえりが必要なんだね」