第35章 毒
光秀隊襲撃の報を聞いたさえりは、持っていた器を落としそうになった。すんでのところで持ち直したものの、心拍数は上がり嫌な汗が噴き出す。震える手でバクバクと鳴る胸を押さえた。
「詳しく話して」
家康が冷静に兵の報告を聞いている。まだ何も状況は分からない。さえりは耳を傾けながらも、落ち着こうと深呼吸をした。
光秀部隊は後方から銃で味方を援護していたはずだ。
報告によると、その真横から敵が奇襲をかけてきたらしい。気付くのが少し遅れたため、総崩れになった隊を、何とか立て直しながら応戦しているとの事だった。
「敵の数は?」
「こちらを僅かに上回る程度ですが……」
「意表を付かれた分、不利って事か」
報告を聞き終えた家康が、すぐさま家臣に指示を出す。
「救護班はここで待機! すぐ対応できるよう薬は多めに用意して! 騎馬隊は俺と来い! 明智部隊の援護に向かう!」
怒号と共に周りが一気に慌ただしくなる。震えるさえりの元に家康が駆け寄ってきて、肩を掴んだ。
「大丈夫だから。あんたは此処にいて」
さえりは今すぐ光秀の元に飛んで行って、無事を確かめたかかった。しかしそれは邪魔になるだけだと分かっていた。泣きだしたくなる気持ちをどうにか押さえる。ここで待てという家康の言葉に、さえりは強く拳を握りしめながら、大きく頷いた。
「家康、光秀さんをお願い」
「任せて」
家康がヒラリと馬に乗る。その背中に向かってさえりは叫んだ。
「家康も気をつけて!」
遠ざかる家康を見つめながらさえりは願う。
どうか、どうか、皆、無事でいて……
さえりはきつく握りしめた手が、白くなっている事にも気づかす、一心不乱に祈り続けた。