第35章 毒
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光秀はさえりと家康が話している方へと足を向けた。一瞬家康がこちらを見た気がするが、直ぐにその場を去って行った。その姿をさえりが心配そうに見つめている。
「さえり、どうかしたか」
「何だか家康が……気のせいかな」
「……そうか」
光秀はさえりを強引に振り向かせ、ギュッと抱きしめた。
「ちょっ、光秀さんっ、何して……」
――頼むから俺だけを見ていてくれ
さえりが恥ずかしがって声をあげるが、更に強く抱きしめる。
「光秀さん?」
腕の中のさえりは大人しくなり、心配そうな声が聞こえる。
――頼むから気付かないでくれ。家康の想いにも、嫉妬にかられた男の醜い心にも
「……どうしたんですか? 何かあったんですか?」
「いや」
光秀は腕を緩め、さえりの頬に手を添えた。
「今宵は一緒に休むか?」
「えっ、いいんですか? でも邪魔になりませんか」
パッとさえりが笑顔になり、直後に眉を下げる。
戦場へ来てからは部隊が違う事もあり、二人は別々の天幕で休んでいた。
「お前が期待するような事は出来ないが」
親指をさえりの唇にゆっくり這わすと、さえりはその先を想像したのだろう、真っ赤になった。
「き、期待なんてっ」
「しないのか? それは残念だ」
言葉を詰まらせたさえりを見て光秀は満足する。そしてさえりの額に軽く口づけた。
「帰ったら存分に啼かしてやるから我慢しろ。今宵は……添い寝してくれるな?」
耳元で囁くと、さえりは小さな声で恥ずかしそうに、はい、と頷いた。
「では後でな」
さえりの頭をポンポンと撫でてから、光秀は自分の隊へと戻っていった。