第35章 毒
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夕方になり、家康は他の隊よりも先に陣営に戻ってきていた。この後に運ばれて来るであろう怪我人の為に、薬が沢山必要になる。薬草を手にした家康は薬を作ろうと、その場にあぐらをかいた。
「薬の調合? 手伝うよ」
さえりがやって来て家康の隣に座った。思いの外距離が近くてドキッとするけれど、気付かないふりをする。
「じゃあこれ、すり潰してくれる? この後怪我人が運ばれて来ると思うから、今のうちに沢山作っておく」
「うん……」
怪我人という言葉に顔を曇らせながらさえりが薬草を受けとった。二人は黙々と薬作りに励む。
「怪我人、少ないといいね」
「……そうだね」
戦況をよく知っている家康は、それが気休めだと知りつつ、相槌を打つ。詳しく話して、さえりに余計な心配をさせる必要はない。
それに、さえりが特に心配しているのは、きっと恋仲の光秀の事だろう。
「光秀さんの部隊は最前線じゃないし、大丈夫だと思うよ。簡単にやられるような人じゃないし」
「うん」
励ましたつもりなのに、さえりはただ頷いただけだった。一体何を思っているのだろうか。横目でチラリとさえりの顔を盗み見るが分からない。
辺りにゴリゴリと薬草をすり潰す音だけが響く。
この沈黙が何故か居心地悪くて、家康は口を開いた。
「ねえ……さえりは何で光秀さんを選んだの?」
「えっ」
思わず口をついて出た言葉に、さえりが驚く。その顔を見て、家康は正直しまったと思った。しかし聞いてしまったものは仕方がない。
さえりに気がある事は気づかれていないはずだ。多分きっと惚気られるだけだ。
「気づいたら好きになってた、かな」
思った通り、さえりは照れくさそうにしている。その表情に、家康は何故だか無性に苛ついた。
「ふうん」
家康は手を止めさえりをじっと見た。さえりの瞳が不思議そうにこちらを見返す。
「何で――」
その時、急に辺りが騒がしくなった。武将達が帰って来たのだ。
「あっ、お帰りなさい!」
さえりは立ち上がり、嬉しそうに光秀の傍へと駆け寄って行った。