第35章 毒
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それから数日後。
織田軍は戦場近くに陣営を張っていた。今日も朝から戦が始まる。戦に赴く武将達は先程出陣していった所だ。
雑用兼救護担当として同行していたさえりは、空を見上げた。
「良いお天気……」
晴々とした青空が広がっており、気持ちがいい。戦じゃなきゃ最高なのに、と思う。
「呑気だね、相変わらず」
振り返ると甲冑を着けた家康が少し呆れたようにさえりを見ていた。
「ごめん。家康はこれから出発?」
「うん。俺は後方支援だからね、皆とは別行動。暫く陣営を離れるけど、あんたはここに居るように。護衛を付けるから絶対にここから離れないで。それから……」
出陣前にあれこれと心配してくれる家康に、さえりはおもわず苦笑する。
「大丈夫だよ。意外と家康は心配性なんだね。もう行くんでしょう?」
心配してくれるのは嬉しいけれど、少し意外でもあった。家康は少し不器用なだけで優しいのだと、改めて気づく。
「……守るって約束したから」
ボソッと呟いた家康の言葉は小さすぎて、さえりにはよく聞こえなかった。
「今、何て?」
「何でもない。意外と、ってのは余計だよね。それから……謝る事ないから」
「え?」
急に話が飛んだ気がする。何の事を言っているのだろうと、さえりは首を傾げた。
「あんたが呑気な顔をしていたほうが、皆安心するって事」
さっき呑気な顔だと言われ、謝った事を思い出した。謝らなくて良いといわれたことより、少しでも皆の役にたてることの方が嬉しい。
「ありがとう」
「……別に礼を言われるような事言ってないけど」
「そんなことないよ」
笑いかけると、家康は、そう、と言いながらフイッと目を逸らした。照れたのだろうか、心なしか目元が少し赤い気がする。
しかし直ぐに武将の顔になり、さえりの方へ向き直った。
「じゃ、行ってくる」
「気をつけて」
さっきの表情は気のせいだったのだろうか? さえりは少し気になったものの、それ以上気にする事はなかった。
とにかく皆が無事に帰ってきますように、とそれだけを祈っていた。