第35章 毒
◇◆◇◆◇◆
廊下を駆け去る家康を、光秀は苦い思いで見つめていた。
十中八九、家康はさえりに気がある。先程の行動を見れば明らかだ。
「光秀さん。大丈夫なんですか? 家康、誤解されて怒ってたんじゃ……?」
さえりが心配そうに見上げてくる。その質問に答える事はしなかった。
「他の男といちゃついて、俺に嫉妬させたかったのか? 悪い子だ」
後ろから抱きしめたまま、さえりの耳元に唇を寄せる。
「違います! 本当に目に砂が入っただけで……んっ、ちょっと、もう……!」
耳を軽く食むと、さえりは簡単に頬を染めた。家康の想いにさえりは気付いていないようだ。その事は光秀にとって幸いだった。
「悪い子にはお仕置きが必要かな? ああ、それを期待していたのか。気付かなくて悪かった」
「違います……!」
頬を染めたまま抗議するさえりは、言葉とは裏腹に何かを期待しているようで、光秀は満足だった。さえりが浮気するなんて考えられないし、させる隙を与えるつもりもない。他の男の事など考えられない位に、とろとろに溶かすつもりだ。
だが、しかし。
「油断ならないな……」
光秀はポツリと呟いた。それは家康を認めているからこそ、だった。
「え?」
「……なんでもない」
さえりの手を引きながら、光秀は言い様の無い不安を噛み締めていた。