第34章 月見酒
それから程なくのある夜。
光秀は天主へと続く薄暗い廊下を進み、襖の前で立ち止まった。そこで中に居るであろう人物に向け、声をかける。
「信長様。光秀です」
「入れ」
襖を開け、眩しい程の月明かりに目を細める。
信長はいつものように座ったまま欄干にもたれ、城下を見下ろしていた。
「どうした」
急に訪れた光秀を不思議そうに見やる。
「良い酒が手に入りましたので、ご一緒にと思い、お持ち致しました」
光秀は抱えていた酒を信長に掲げて見せた。だが、酒など只の口実だ。
「貴様からとは珍しい事もあるものだ」
珍しい光秀の行動に興を注がれた信長が訝しげに笑う。
「今宵の月は一段と美しい故、月見酒と洒落こむのも良いかと」
「ふん。悪くない」
信長が隣に座るよう、目で指し示した。二人は用意した徳利と盃で酒を酌み交わす。
今宵は満月。月見酒にはもってこいの情景だ。光秀は酒に映し出された、揺らめく月をゆっくりと飲み干した。
「此度の戦、見事であった」
「光栄にございます」
月を見ながら、男達は暫く黙って酒を飲む。ゆっくりと時間が流れていく。
「天下統一は成し遂げられると思うか」