第34章 月見酒
廊下に出ると、ふと柱にもたれる人影に気づく。
「さえり。待っていたのか」
「あっ、いえ、今たまたま通りがかって……」
少し恥ずかしそうに、さえりが頬を染めるから、直ぐに嘘だとわかった。可愛らしい嘘をつくものだ。
「ほう、たまたま」
柱に手をつき、ニヤニヤしながらぐっと鼻先が触れそうな程に顔を近づけると、さえりの目が泳いだ。
「嘘です……本当は待っていました」
「嘘をつく悪い口は塞がないとな」
そのまま、ちゅっ、と唇が触れあう。
「光秀さんっ……! ここ廊下っ」
さえりは抗議の声をあげるが、そんなことはお構い無しだ。
「悪い子にお仕置きをしただけだ」
「じゃあ、光秀さんはいつも悪い子ですか」
嘘を見抜かれた悔しさなのか、廊下で口づけされた恥ずかしさからなのか、さえりが軽口をたたく。
「そうだな。では俺もお前にお仕置きをされるとしよう」
光秀は自分の口元を人差し指でトントンと叩いた。
「えっ……」
「ほら、早くしないと人が来るぞ。俺は構わないが」
壁に両手を付きさえりを逃さないよう追い込んでから、有無を言わせないように急かす。逃げられないと悟ったさえりが、キョロキョロと周りを見て人が居ない事を確認した後、ぎゅっと目をつむり、微かに触れるだけの口づけをした。
「良い子だ」
くしゃくしゃと髪を撫でると、さえりは赤い顔で少しむくれていた。
「お仕置きになってませんよね、これ」
「今頃気づいたのか」
愛しい人ほど意地悪をしたくなる。大切な人ほど泣かした後、甘やかしたくなる。さえりの反応が可愛いから尚更だ。
これでも大事に想っているのだ。矛盾、しているだろうか。厄介な男に惚れられたさえりが不憫でならない。
さえりの手を取り指を絡め、謝罪の意を込めて手の甲に口づけた。
「もう……!」
もう、と言いながら手を握り返してくるさえりが可愛くて仕方ない。
「帰るぞ」
さえりの手を引き、御殿へと連れて帰る。今以上に、いじめて甘やかすために――