第34章 月見酒
程なくしてさえりが現れ、安土城に逗留する事になる。さえりに惹かれ、焦がれ、手を出してしまった光秀は、なんやかんやとあった後、さえりと想いを確かめ合った。
まさか、全てを投げ出してでも手に入れたい女が、こんなにも早く目の前に現れるとは思わなかった。
正確に言えば、全てを投げ出すのではなく、全て手に入れたうえで、さえりも手に入れたい。そう思わせる程の、予想以上の女だった。
「これ程までに欲張りだったとは」
光秀は自分の中に潜んでいた欲求に少し戸惑っていた。それでもさえりを手放すなど考えられない。ならばと、策を練る。
「信長様。失礼致します」
光秀の足は自然と天主へと向かっていた。
「どうした」
文机で書き物をしていた信長が顔をあげる。その表情は厳しかった。当然だ。光秀が急に天主を訪れる時は録な事がないと、信長は身をもって知っていた。
「軍議の前に、信長様にご報告があって参りました」
「申してみよ」
信長は筆を置き、光秀の言葉を待つ。光秀は一呼吸置いてから、口を開いた。
「さえりを抱きました」
「は……?」
予想外の事だったのだろう。信長は珍しく驚いていた。
「さえりと、想いを交わしました。さえりを貰い受けたく存じます。いずれは、妻に迎えたいと」
「……」
信長は一瞬あんぐりと口を開けたが、その後、眉をしかめた。
「さえりは俺が見いだした女だ。貴様、謀反か?」
「如何様にも、とって頂いて構いません」
最悪、全てを捨てる事になる――光秀はあらゆる事態を想定し、備えていた。
「ふっ……はははっ!」
信長が腹を抱えて笑いだした。
「面白い。貴様の好きなようにするがよい」
「ありがとうございます」
やはり信長の器は大きい。光秀は少しホッとしていた。信長なら、面白いと思って貰えれば恐らく大丈夫だろうと考えて来たものの、賭けである事に変わりはなかった。
流石は我が主と認めた男――生涯かけて仕えると、この時心に決めた。
この後の軍議で、光秀とさえりは恋仲宣言をする事となるのだった。