第34章 月見酒
その夜、光秀は信長に呼び出されていた。天主へと続く薄暗い廊下を進み、襖の前で立ち止まる。
「信長様。光秀です」
「入れ」
襖を開けると薄暗い廊下とは対照的に月明かりが射し込み、光秀は思わず目を細めた。
天主では信長が座ったまま欄干にもたれ、城下を見下ろしていた。その側には徳利と盃が2つ置いてあった。
「たまには付き合え」
「はっ」
光秀は呼び出された意図を理解した。信長の側へ座ると、信長は盃を持つ。そこに徳利に入った酒をなみなみと注ぐ。今度は光秀が盃を持ち、信長から酒を注がれる。
「乾杯」
軽く盃を持ち上げ、月が映る酒を一気に飲み干した。
時々こうして、信長が光秀を呼び出し酒を酌み交わす。それは恐らく、互いの方向性を確認するためだ。各々の思惑が交錯するなか、一致せずとも同じ方向を見ていなければ謀反が起こりかねないのが世の常だ。
「此度の戦、見事であった」
信長の器は大きい。戦の前に何も言わず姿を消し、窮地に晒した筈なのに、全てを把握し、なおかつ誉め言葉を頂けるとは。
「光栄にございます」
この御方の元でなら、自分は思う存分力を発揮出来る。そう思わせる魅力と能力が信長にはあった。主従関係ではあるが、よき理解者だ。光秀はそれを再確認した。