第34章 月見酒
さえりが戦国時代に飛ばされる数ヶ月前の出来事――
安土城広間での軍議はいつものごとく紛糾していた。
「もう我慢ならねえ」
秀吉が光秀を見据え、バンッと畳を叩く。
「またお前は! 急に姿を消したかと思ったら、味方だけでなく信長様まで危険に晒すとはどういう了見だ!」
秀吉が指摘する通り、光秀は戦の前に姿を消した。その後、戦で敵に囲まれ信長と秀吉は窮地に追いやられてしまうが、そこに光秀が大軍を率いて現れ、皆を助け敵将をも討ち取った。
「一網打尽に出来て効率が良かっただろう?」
今回の事は作戦の内で有効だったと、全く悪びれない光秀に秀吉がイラつく。
「挟み撃ちが効果的だった事は認める。けどな、信長様を危険に晒す必要がどこにあった!? もしもの事があったらどうするんだ!」
秀吉は今にも掴みかかりそうな勢いで激昂していた。無理もない、秀吉にとって一番大事な信長を危険に晒したのだから。しかし光秀は顔色ひとつ変えず、薄ら笑いさえ浮かべる。
「おや? お前は信長様を御守りする自信がないのか」
挑発的な光秀の物言いに、秀吉は一層眉間に皺を寄せ、声を荒げた。
「当然、命に変えても御守りするに決まっている!」
「なら問題ないな」
「はぐらかすな、そういう話じゃない……!」
いつも通りのやりとりに、家康はため息をつき、政宗は面白そうに、三成はハラハラしながら見守っていた。
「もうよい、秀吉」
「ですが!」
「よい、と言っている」
「……失礼しました」
信長の一声で秀吉はしぶしぶ引き下がった。もちろん納得はしていないようだ。
そのまま軍議は終了し、お開きとなる。怒りが収まらない秀吉は去り際、光秀に向って捨て台詞を吐いた。
「今回の事、俺は許してないからな!」
そのまま大股で去っていく秀吉を、光秀は口元に笑みを浮かべたまま、黙って見送った。
「相変わらず容赦がないな。秀吉が怒るのもわかる」
二人の様子を見ていた政宗が、笑いながら光秀の肩に手を置く。その手をさりげなく外して光秀は立ち上がった。
「問題ない」
政宗を一瞥した光秀は、そう言い残し、広間を後にした。