第33章 あなたがこの世に生を受けた日 <彼目線>
数日後。薄い月の下、光秀は九兵衛を待っていた。既に十助は務めを果たし無事に戻ってきており、自分が乗ってきた馬を渡して先に逃した。後は十助の一族を逃がすだけだ。
(そういえば、今日が誕生日だったか)
夜空に浮かぶ薄い月を見て気づく。仕方がなかったとはいえ、さえりには申し訳ない事をした。
(約束を守れなかった分、存分に意地悪をした後、思いっきり甘やかしてやろう)
そう心に決めた時、蹄の音が聞こえてきた。
「九兵衛、遅かったな。……さえり?」
九兵衛から少し遅れて現れた馬上のさえりを見て驚いた。
「光秀さん、はぁはぁ、無事ですかっ!?」
(一人で馬に乗れるようになったのか)
急いで馬から降りようとするさえりを支えて降ろしてやる。さえりがそのまま勢いよく抱きついて来たので、嬉しくて思わず抱きしめた。
「ああ無事だ。むしろお前のほうが無事ではないように見えるが、それにしても何故。どういうことだ九兵衛」
厳しく追及しようと、九兵衛の方を振り返る。
「私からの贈り物です」
「は……?」
「光秀様はまだ事後処理をされるおつもりでしょうが、誕生日の今日を一緒に過ごす約束をされているのでしょう? でしたら後は、この九兵衛にお任せを」
九兵衛が深々と頭を下げた。
(なるほど。事後処理を断らせない為にさえりを連れて来たのか。さえりの為にも、俺の為にも……)
まったく、出来すぎる部下を持つと苦労をする。暫く考えた後、観念する事にした。
「……わかった。後は任せた」
後は一族の迎え入れだけだ。九兵衛にさっと指示を済ませると、さえりを馬に乗せ、自分もその馬に飛び乗った。
「九兵衛さん、ありがとうございます!」
「言ったでしょう。私共もお祝いしたいと。さえり様のお力添えのお陰です。後はお任せしましたよ」
「任せて下さい!」
「行くぞ」
馬の腹を強く蹴ると、馬は全速力で駆け出した。
「まったく、良い子で待っていろと言った筈だが」
「ごめんなさい」
「お前達が結託すると手に負えないな」
(本当に、手に負えなくて……困る)
困る、と思いながらも九兵衛がくれた時間を少しでも無駄にしないため、さえりを片手でしっかりと支えながら急いで御殿へと向かった。