第33章 あなたがこの世に生を受けた日 <彼目線>
「それはそうと貴殿はこのような体力勝負より、知力を使う方が得意とみえる」
急に話題を変えると、怪訝そうな表情が返ってきた。それでも図星だったようで、使者は素直な反応を返してきた。
「……何故それを……?」
(筋肉の付き方が違う)
密書を探すため全身を調べたときに分かった。手には筆タコも出来ている。書き物をよくするのだろう。
「たしか、算術を担当する部下の人手が不足していたな」
使者の質問には答えず、顎に手を当てて考えるようにして呟いた。そしてゆっくりと使者を見やる。
「その密書を渡し、上手く相手の怒りをかわして逃げろ。無事にやり遂げた暁には貴殿にその役目を任せてもいい。貴殿次第だ。密書運びを失敗したという理由で大切な者を失いたくはないだろう?」
使者はごくり、と生唾を飲み込んだ。
「その言葉を信用出来る程の証拠はありますか」
(かかったな)
自然と笑みが浮かぶ。とはいえ、もう密書には細工をしたのだから、使者に選択の余地はない。
「俺は明智光秀という。聞いたことぐらいあるかな?」
使者は目を見開いた。そして胸元に印す桔梗の家紋と顔を交互に見た後、その場に座り込み、頭を下げた。
「貴殿の名は」
「十助と言います」
「十助。無事に終えたらここへ戻ってこい。一族郎党迎え入れる」
「はい、分かりました」
十助が去っていく姿を黙って見送る。
(九兵衛に、逃走用の馬と、十助の一族を迎え入れる準備をしておくよう、文で指示しなくては)
踵を返し、その場を後にした。