第33章 あなたがこの世に生を受けた日 <彼目線>
その夜。いつものように文机で筆を走らせていると、隣にいるさえりが不思議そうに言葉を紡いだ。
「光秀さんって筆まめですよね」
(ん……?)
顔を上げると、さえりが文の束をじっと見つめていた。
「別にそういう訳ではない。必要だから書いているだけだ」
続けて文を書いていると、今度は手の方に視線を感じた。
「そう熱く見つめられては緊張して手元が狂ってしまいそうだな」
「あっごめんなさい、邪魔してしまいましたね」
「いや、冗談だ。それよりお前は何をしている?」
さっきから隣でさえりはくねくねと珍妙な動きをしている。
(誘っているわけではなさそうだが)
よくわからない行動に首を捻る。
「身体をほぐしてるんです」
「鍛え方が足りないのか」
「そう言われたら身も蓋もないですけど……武将とは違いますからね。ここまで身体を使う必要なかったですし」
「お前のいた時代の話か。よほど平和なんだな」
(五百年後、か。そんな先の事はそれほど興味はない。平和だとわかっただけで十分だ。この先の未来は自分の手で切り開く。だが、お前は……)
胸の奥が少し痛む。
「気になりますか?」
「そうだな……お前がどう過ごして居たのかだけは気になるかな」
全く想像のつかない世界。そこでさえりは何を感じ、どう生きてきたのか。見ることは出来ないけれど。
(お前を見ていれば、幸せでいたことはわかる)
するとさえりが身振り手振りで幼少期からの事を話し始めた。文を書く手を止めてその話に聞き入る。理解し難い部分はあったものの、一言も逃すまいと耳をそばだてた。