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きつねづき ~番外編~

第32章 あなたがこの世に生を受けた日 <後編>


その日の夜、御殿に帰ってきたさえりは、暗い部屋に入り行灯を灯した。まだ光秀は帰ってきていない。

昼間、針子の仕事を抜け出し、御殿へ戻って大急ぎで仕掛けをした。あの後、光秀が一度御殿に帰ってきたと聞いたから、きっと気づいてる筈だ。後は驚いてくれたら作戦は成功だ。

仕掛けとは――
硯箱にラブレターと手製の文鎮を入れておいた。文鎮は刺繍を施した布で平べったい石をくるんで作った。家紋を模した水色桔梗と、光秀の生まれた季節を表す真っ赤な紅葉の2つを用意した。文をよく書く光秀に是非使って貰いたい。

真実の中に真実を隠すといいと、九兵衛が言っていた。贈り物をした後に、本当の贈り物をする。さえりなりの解釈だ。これを仕掛ける為に、九兵衛には光秀が不在になるタイミングを教えて貰えるようお願いしていた。

「驚いてくれたかなぁ?」

ドキドキしながら光秀が帰ってくるのを待つ。待っている間に縫い物でもしようと裁縫箱を開けた。

「えっ」

さえりへ、と書かれた文が入っていた。洋服を作っていた時にはなかったものだ。だからこれは光秀からの返事に違いなかった。

さえりは文を手に取り広げてみる。


『秋麗
  微笑み愛でる
       今生の花――』


「今生……」

俳句なんて得意じゃない。さっぱりわからない。古文の点数は散々だった。でもこれは、明らかにラブレターだと感じる。

さえりは文を胸に抱いた。今すぐ光秀に逢いたくて堪らない。

その時、後ろからフワリと抱きしめられた。

「ただいま」

「光秀さん……! お帰りなさい」

さえりは振り返り、2人は触れるだけの口づけを交わした。

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