第32章 あなたがこの世に生を受けた日 <後編>
翌日。さえりは城で針子の仕事をしていた。針子仲間と楽しくおしゃべりしながら手を動かす。すると襖が開き、そこに九兵衛が現れた。
「九兵衛さん! お帰りなさい。昨日はありがとうございました」
さえりは立ち上がり、九兵衛を出迎えお礼を伝える。
「いいえ。楽しく過ごされたようで何よりです」
九兵衛の見透かすような口振りに、まだ何も言ってないのにとさえりは首を傾げた。
「お顔を見ればわかります」
にこりと九兵衛が微笑む。さえりは思わず頬を押さえた。そんなに顔に出ていたのかと気恥ずかしく感じる。
「それよりも。今、光秀様は信長様に呼ばれていて天主におられますよ」
さえりはハッとした。まだ、やらなければならない事があったからだ。
「ごめん、ちょっとだけ抜けるね! 九兵衛さんありがとう!」
針子仲間にそれだけ伝え、さえりは部屋を飛び出した。