第32章 あなたがこの世に生を受けた日 <後編>
夕刻。さえりは茜色に染まっていく空を見つめていた。もうすぐ光秀の誕生日が終わる。楽しく過ごす予定だった誕生日に無事を祈る事しか出来ないなんて、この世の女性たちは一体どうやって過ごしているのだろう。
俯きかけたその時、九兵衛が足早に近づいて来るのが見えた。さえりは慌てて駆け寄る。
「さえり様」
「九兵衛さん! 連絡あったんですか?」
「はい、先ほど光秀様から文が届きまして……」
九兵衛は何故かそこで言葉を切り、少し考えるようにさえりをじっと見た。さえりは不思議に思いながら首を傾げる。
「さえり様、馬には乗れますね?」
「え? あ、はい。何とか普通に走る程度には」
誕生日迄に馬に乗れるようになれと光秀に言われていたから、時間をみて色んな人に付き添って貰い乗馬の練習もしていた。九兵衛もその内の一人だからどの程度乗れるかは知っているはずだ。
「結構。ではこれから光秀様を迎えに行くのですが、一緒に来られますか?」
「良いんですか!? 行きたいです!」
「直ぐに出掛けます。急いで支度を」
「はい! あ、でも邪魔になりませんか? それに光秀さんは無事なんですか?」
「邪魔ならお連れ致しません。光秀様については、行けばわかります。さあ早く、置いていきますよ」
「は、はい」
急かされながらさえりは大急ぎで支度をし、九兵衛と共に馬で光秀の元へと向かった。