第32章 あなたがこの世に生を受けた日 <後編>
今日は光秀の誕生日だ。
光秀が居ない間に、さえりは着々と準備を進めていた。残るは総仕上げだ。
「ここにボタンを付けてと。うん、良い感じ」
小さく纏めて固めた布をボタン代わりに縫い付ける。全体を広げてバランスを見ながら、さえりは満足していた。思いの外良い出来だ。
それから筆を取る。いつも光秀がしているようにサラサラ……とはいかず、悩みながら筆を走らせた後、丁寧に折り畳んだ。
「後は、光秀さんが帰って来るだけなんだけどな……」
数日で帰ると言っていたのに、十日過ぎても、誕生日当日になっても帰って来ないなんて、何かあったのではと心配になる。でも今のさえりに出来るのは光秀を信じて無事を祈る事だけだ。
「はがゆいな……」
光秀の力になれない自分がもどかしい。ふぅ、と息を付いた後、さえりは光秀の近況を確認するべく九兵衛の所へ向かった。
「まだ何も連絡は来ておりません。来たらすぐお伝え致しますね」
さえりの姿に気がついた九兵衛が、眉を下げて申し訳なさそうに告げる。
「お願いします」
九兵衛に頭を下げた後、さえりは口を開いた。
「あの、九兵衛さん。それとは別にお願いしたい事があるんですが」
「はい。何なりと」
にこりと笑う九兵衛に、さえりは先ほど書いたものを見せた。