第31章 あなたがこの世に生を受けた日 <前編>
その夜。さえりは乗馬でバキバキになった身体をほぐそうと、ストレッチをしていた。隣では光秀が文机で筆を走らせている。
「光秀さんって筆まめですよね」
えいやっと身体を伸ばしながら、さえりは文机に山のように置いてある、光秀が書いた文をじっと見つめた。
「別にそういう訳ではない。必要だから書いているだけだ」
そう言いながらサラサラと手慣れた手付きで筆を走らせる光秀を見る。電話もネットも無いのだから手紙は思っている以上に重要なポジションを占めているのだろう。
「そう熱く見つめられては緊張して手元が狂ってしまいそうだな」
「あっごめんなさい、邪魔してしまいましたね」
「いや、冗談だ。それよりお前は何をしている?」
光秀が不思議そうにさえりを見つめた。普段から身体を鍛えている武将にとってストレッチは不可解なものでしかないのだろう。
「身体をほぐしてるんです」
「鍛え方が足りないのか」
「そう言われたら身も蓋もないですけど……武将とは違いますからね。ここまで身体を使う必要なかったですし」
「お前のいた時代の話か。よほど平和なんだな」
光秀の瞳の奥が一瞬、揺れたのをさえりは見逃さなかった。
「気になりますか?」
「そうだな……お前がどう過ごして居たのかだけは気になるかな」
珍しく光秀の素直な言葉に心を打たれたさえりは、身振り手振りで幼少期から今までの事を話した。光秀は文を書く手を止め、時々うんうんと頷きながらさえりの話に聞き入っていた。
――そうだ!
話しながらさえりは1つの案が閃いていた。