第31章 あなたがこの世に生を受けた日 <前編>
厩からの帰り道、さえりはうんうんと悩みながら歩いていた。結局全てを秘密にしなかっただけで、元の悩みに戻った気がする。双六で言えば振り出しに戻る、だ。今更ながら光秀の手の上で踊らされている感が満載だ。
「さえり。そんなに上の空だと転ぶぞ」
「そんな事……あっ!」
光秀に忠告され、反論しようと口を開いた途端、視界がグラリと反転し、地面が近づいた。
転ぶ……!
そう思いぎゅっと目をつむったが、予想していた痛みはなく、代わりに温もりに包まれた。
「まったくお前は言ったそばから……よくもまぁ、あんな小石につまずけるな」
「すみません……」
さえりを抱き止めた光秀の視線の先には、丸くて平べったい小石があった。あれにつまずいたのかとさえり自身も驚く。流石にどんくさいなと思った瞬間、身体がフワリと宙に浮いた。
「光秀さん! 降ろして下さい! 自分で歩けますから!」
さえりは光秀に横抱きにされていた。バランスを崩しかけて思わず光秀の首にぎゅっと抱きつく。
「断る。また転ばれては困るからな。これならお前も思う存分考え事が出来るだろう」
「無理です……! 逆に無理!」
「ほう、何故」
そんなの、ドキドキするからに決まってる。大通りだし恥ずかしいし顔近いし……さえりは顔が火照っていくのに気づきながら、そのまま光秀を軽く睨んだ。光秀は分かっているという表情で、さえりの額に唇を寄せた。
「意地悪」
「今更だな」
そのままさえりは降ろされる事なく、御殿へと連れて行かれた。