第31章 あなたがこの世に生を受けた日 <前編>
馬を引いていた光秀が流し目で馬上のさえりを見やった。
「別にないな。俺はお前が傍に居てくれたらそれでいい」
さえりは馬上でくらりと眩暈に襲われたような感覚に陥る。今さらりと凄い殺し文句を言われた気がする。思わず頬が緩みそうになるが、ここで引き下がっては意味が無い。
「そう言ってくれるのは嬉しいですけど、それとは別にです!」
「やれやれ、手厳しい事だな」
光秀が少し考えるように目を伏せる。
「では、誕生日迄に馬に乗れるようになれ」
「う……頑張りますけど、それは私の努力で光秀さんの贈り物にはならないですよね」
「そうか? ならお前が俺の事だけを考えながら俺だけの為に、何か俺が驚くような事をしてみせてくれ。何でも良い。俺を驚かせた暁には何でもお前の言うことを1つ聞いてやろう」
「本当ですか!?」
要求を聞けたと同時に、何でも言うことを聞くという魅力的な文言に思わず食いつく。光秀がニヤリと挑発するような笑みを浮かべた。こうなってはもう負けられなかった。
「絶対驚かせてみせますから!」
「楽しみにしている」
馬上でさえりは高らかに宣言した。