第31章 あなたがこの世に生を受けた日 <前編>
――そして今日。
馬に乗れないと不便だからと、さえりは光秀に乗馬の練習へと連れ出されていた。
「姿勢を正して、体の軸に重心をおけ」
「こうですか?」
「そうだ。なかなか筋が良い」
さえりは以前光秀の馬に乗った時の事を思い出しながら、指導を受けていた。その時の感覚が練習にいかされていた。同時に猛スピードで飛ばされた記憶もよみがえり、さえりはふるりと身体を震わせた。
「何度か光秀さんの早駆けに乗せられましたからね」
「あの程度、早駆けでも何でもない。お望みとあらば今度本当の早駆けに乗せてやる」
「結構です……!」
折角少しずつ馬に乗れるようになってきているのに、怖がらせないで欲しいとさえりは切実に願う。
「そろそろ馬を休ませるか。さえり、厩へ向かうぞ」
「はい」
何とか馬を方向転換させて厩へ向かう途中、さえりは光秀に誕生日の事を切り出した。
「光秀さん。もうすぐ誕生日ですね」
「ん? ああ、そんなものもあったな」
「やっぱり忘れてましたね」
「興味が無いからな。たかだか生まれた日付というだけだろう。何がめでたいのかわからないからな」
光秀の身も蓋もない言葉に少し気落ちしながらも、さえりは言葉を続けた。
「でも、折角ですから私はちゃんとお祝いしたいです。家臣の皆さんも安土の皆もそう思ってると思いますよ」
「そういうものか?」
「そういうものです」
そうか、と言いつつあまり乗り気では無さそうな光秀に対し、誕生日を楽しんで貰いたい一心でさえりは必死に説得をする。
「そうだ、何か欲しい物はありませんか? それを楽しみに過ごせば少しは待ち遠しくなるんじゃないですか」