第31章 あなたがこの世に生を受けた日 <前編>
――話は数日前に遡る。
さえりはうんうんと頭を悩ませながら御殿を歩いていた。
もうすぐ光秀の誕生日だ。
光秀の事だから、きっと自分の誕生日は忘れているはずだ。できれば驚かせたいなと考えるが、サプライズを仕掛けたところで、光秀に隠し通せる自信はなかった。
「さえり様、何かお悩みですか?」
背中越しに声がかかり、振り返ったさえりはすぐさま声の主に相談した。
「九兵衛さん。……実は、光秀さんを驚かせる方法が無いかと思って」
九兵衛がああ、と軽く頷く。
「難しいでしょうね。さえり様は素直ですから。恐らく私でも見抜けますよ。悩んでいるのは一目瞭然でしたからね」
「うっ……」
痛いところを突かれ、さえりはガックリと肩を落とす。九兵衛さえ騙せないなら、光秀は尚更だ。その姿を不憫に思ったのか、九兵衛が口を開いた。
「さえり様に1つ、お知恵を授けましょう。……全てを秘密にしない事です。嘘の中に真実を混ぜることで真実味が出てきます。さえり様なら真実の中に真実を隠すのも良いかもしれませんね」
まるで謎かけのような九兵衛の言葉にさえりは余計頭を悩ます。
「分かるような分からないような」
「そうですか。これを活かすかどうかはさえり様次第です」
にっこりと微笑む九兵衛を見たさえりは、さすが光秀の家臣だとため息をつく。もっと分かりやすいヒントをくれても良いのに、と。
「そうですね、全部秘密にするのは止めにして、別の方法を考えてみます」
「はい。何かありましたら仰って下さいね。お手伝い致しますよ。私共も光秀様をお祝いしたいですから」
「ありがとうございます。その時はお願いしますね」
誕生日のお祝いだなんて一言も言ってないのに、当然のように話す九兵衛にさえりは改めて感心し、同時にため息をつくのだった。