第30章 海
暫く抱きしめられ、やがてさえりの震えが治まった頃。
「お前に、渡したい物がある」
体を離した光秀が懐から袋を取り出しさえりに手渡した。
さえりは光秀から手渡された袋を受けとる。ごそごそと袋を開け、中身を取り出すと棒状の物が2本出てきた。さえりは首を傾げながら暫く観察した後、ハッと気づく。
「これ……もしかして、線香花火……!?」
「ああ」
「どうして……火薬は貴重なんじゃ」
驚きを隠せないでいるさえりに光秀が説明する。
「信長様の所に珍品を扱う商人が来ていてな。花火はあるかと聞いたらあるというのでな」
商人から2本だけ買ったのだと聞かされたさえりは、嬉しい反面、正直戸惑った。光秀から火薬は貴重だと聞かされていたからだ。
「織田軍の火薬ではないからな、まあ許されるだろう」
花火の話をしたあの時から、考えていてくれたのだと気づく。そして、市に来ていた商人から買ったのも光秀だったのだ。感激して、目頭が熱くなっていく。
「しょげた仔犬の様な表情を見せられては……おっと」
さえりは光秀の胸に飛び込んだ。光秀は軽口をたたいていたが、そんな事は気にならなかった。
「ありがとう、ございます……!」
光秀がさえりを受け止めヨシヨシと頭を撫でる。
「もしかして、これを取りに行っていたんですか?」
「そうだ。驚かせようと思ったんだが……」
光秀は申し訳無さそうな顔をする。
「いえ、嬉しいです」
一人にしたのは、驚かせる為だったのだ。怖い思いはしたものの、驚きと嬉しさでもう上書きされていた。さえりは抱きついたまま腕にぎゅっと力を込めた。
「さえり……。積極的なのは悦ばしい事だが日が暮れてきたからな、花火をするか口づけの続きをするか好きな方を選べ」
「どういう2択ですか……。じゃあ折角ですし、花火で」
笑いながら、さえりは花火をそっと胸に抱いた。