第30章 海
屈強な山賊風の男が数人、ニタニタと下品な笑みを浮かべながら近づいてくる。さえりは慌てて立ち上がり後ずさった。
「上玉じゃないか。こっちこいよ」
全身を値踏みするようにジロジロと見られ、寒気がする。男の手がのびてきて腕を掴まれ、引きずられそうになった。
「嫌、離して……!」
さえりは必死で抵抗する。
「大声をあげられたら困るんだよ」
口を覆われそうになって、さえりは必死でその手に噛みついた。
「痛ぇ! このアマ!」
さえりは駆け出した。砂浜をよろけそうになりながらも必死で走る。怒り狂った男達が追いかけてくる。
「あっ!」
つまづいて転けてしまった。砂浜にざざっと手をついた。
「もう逃げられないぜ」
直ぐに向きをかえたが、立ち上がる暇さえ与えてもらわれず、そのまま後ずさった。伸びてくる手が怖くて、ぎゅっと目をつむる。
助けて、光秀さん……!
心の中で叫んだ時、待ちわびた人の声がした。
「さえり!」
「ぐあっ!」
男の悲鳴が聞こえた直後、男が1人光秀の手刀でドサリと倒れた。腕をグイッとひかれ、光秀の背中に庇われる。
「この娘は俺の連れ合いだが、何か用か?」
「てめえ! よくも!」
仲間を倒された事に激怒した男がひとり、光秀に殴りかかる。
「光秀さん!」
危ない、とさえりが叫ぶ。
――ドスッ
男の動きよりも早く、光秀の拳が男の腹に沈む。
「か、はっ」
殴られた腹を押さえながら男がよろよろと後ずさった。
「次は?」
「おのれ……!」
「お、おい」
冷え冷えとした笑みを浮かべながら殺気を放つ光秀を見た男達は震え上がり、頭に血がのぼっている男を止める。
「こいつ、なんかやばいぞ!」
倒れて気を失っている仲間を引きずりながら男達は逃げていった。居なくなった事を確認し、光秀が振り返った。
「怪我は?」
「大丈夫です」
さえりの無事を確認した光秀が、ふぅ、と小さく息をつき、ぼそりと呟いた。
「全くお前は目を離すとすぐ絡まれるな」
「ごめんなさい……」
「いや、責めている訳ではない。……1人にして悪かった」
光秀にぎゅっと抱きしめられた。その温もりに先程まで強張っていた心が溶かされていく。さえりは自身が微かに震えていたのだとその時はじめて気づいた。