第30章 海
二人は肩を寄せあい、波の音を聞いていた。
やがて太陽が傾き空を茜色に染めていく。燃えるような夕焼けは海にもその姿を映し、世界の色を青から朱、朱から濃紺へと少しずつ変えていく。
「すごい」
まるで映画でもみているかのような美しさに思わず見とれるが、もうすぐ1日が終わる。楽しい時間は過ぎ去るのが早い。切なさが胸に広がった。
「そろそろ帰るか。馬を連れて来るからそこにいろ」
帰りたくないな、まだ一緒に居たいな、と思うけれど明日からはまた仕事で光秀に無理をさせるわけにはいかない。さえりは仕方なく頷いた。
「……はい」
光秀はさえりの髪をひと撫でした後、立ち上がりその場を離れた。
1人になったさえりは貝殻を拾い耳にあて、目を閉じる。波の音が響いて今日1日の出来事が思い出された。
「楽しかったな」
猛スピードの馬に乗せられ文句を言った事、海に足を浸す光秀、キスを海鳥に邪魔された事、全てが良い思い出だ。
目を開けると、空には星が瞬きはじめていた。戦国時代は空気が澄んでいて、観る景色全てが美しい。さえりは、はあ、と感嘆の溜め息をついた。
その時。
――ガサガサッ
後から草木が揺れる音がした。
光秀が戻って来たと思って振り向いたさえりは息を飲んだ。
「おや、女がこんな所で一人か? 俺たちが遊んでやるぜ」