第30章 海
程なくして木々が鬱蒼と繁る森へと入り自然とスピードが緩まる。ホッとしたさえりは顔を上げて光秀を睨んだ。
「あんなに飛ばさなくても……」
「あのままでは日が暮れそうだったんでな」
日が暮れる程の距離はなかったと思うけど、と再び反論しようと口を開きかけたその時、急に視界が開けた。飛び込んできた景色に目を奪われる。
「わぁ……!」
馬を止め、小高い丘から景色を望む。空の青と海の碧がそれぞれグラデーションになっており、水平線でハッキリと区切られていてとても美しい。
「綺麗ですね」
「ああ。あそこへ向かうぞ」
「はい!」
光秀が再び馬を走らせ始める。遠くに見えていた海が段々と近づいてきて、潮の香りと波の音がしてくる。
「着いたぞ」
先に馬から飛び降りた光秀がさえりを支えて降ろす。馬を繋ぎ休ませてから歩いて海辺へと向かう。
やがて白い砂浜とそこに打ち寄せる波が見えてきた。さえりは思わず走り出し、草履と足袋を脱ぎ捨て、海に足を浸した。海水は少し冷たくて夏の暑さを和らげてくれる。
「光秀さん! こっちこっち! 気持ちいいですよ」
さえりは裾を捲り上げ、海の中から光秀を手招きした。
「どれ……」
光秀も草履と足袋を脱ぎ、海に足を浸す。さえりはポカンとしながらその様子を見守った。
「どうした」
「あ、いえ……意外だったもので」
確かに光秀を呼んだのはさえり自身だが、本当に入るとは思わなかった。光秀は暫く沈黙した後、我に返ったかのように視線を逸らした。
「……お前があまりに気持ち良さそうだったからな」
そのままくるりと背を向け、ザブザブと浜辺へ上がっていく。少し照れているのだろうか、僅かに頬が赤かった気がする。
「弁当を食べるのだろう。行くぞ」
「あ、はい」
貴重な姿を見られたのに、ちょっと勿体なかったかなと思いながら、さえりは光秀の背中を追いかけた。