第30章 海
光秀が休みの日の早朝、二人は馬を走らせ海へと向かう。薄暗かった空は朝日を浴びて段々と明るくなっていき、景色が色味を帯びていく。顔を覗かせた太陽が眩しくてさえりは目を細めた。
「気持ちいい……」
風が頬を撫で髪をなびかせる。それがとても心地よくて、さえりはまだ少しヒンヤリとした空気を胸一杯に吸い込んだ。
「疲れてないか?」
「全然!」
安土を出発して数刻経つのに、疲れなんて微塵も感じなかった。全てがキラキラしているようでとても楽しい。それはきっと、あなたと一緒だから。そう思いながらさえりは馬上で光秀に微笑んだ。
「そうこなくてはな。では少し速度を上げても問題ないな」
手綱を握り直した光秀が馬の腹を蹴り、思い切りスピードを上げる。景色がみるみるうちに後ろへと遠ざかっていく。先程の速さとは桁違いだ。
「ちょっ、待って、速すぎ……!」
さえりは悲鳴と共に抗議の声をあげた。戦国時代で段々と馬に慣れてきたとはいえ、シートベルトの様な安全装置はあるわけがない。もし落ちたら……と想像すると怖くて、光秀にぎゅっとしがみつく。
「そのまま振り落とされないように、しっかり掴まっていろ」
片手でさえりをしっかりと支えながら、少しだけ嬉しそうな表情を浮かべた光秀は、そのまま目的地へと馬を走らせていった。