第28章 尾行
秀吉は、安土城の廊下で光秀の姿を見つけた。噂を耳にしていた秀吉は勢いよく光秀に掴みかかる。
「おい光秀! 噂は本当なのか!? さえりを泣かしたら許さないからな!」
「秀吉、手を離せ。これが人に物を尋ねる態度か?」
秀吉はしぶしぶ光秀を掴んでいた手を離す。
「で? 何だったかな」
「噂についてだ! 本当なのか聞いている」
「噂? さてなんのことやら」
光秀は相変わらず読めない笑みを浮かべながら、しらを切る。それが余計に腹立だしい。
「お前……! 早耳のお前が知らないわけないだろう!」
「知らないものは知らないからな。答えようが無い。残念だったな」
光秀が秀吉に背を向け、スタスタと歩き去る。ふと廊下の角を曲がる直前で振り返った。
「ああそうだ、俺の浮気についてはさえり自身が調査中だ。ではな」
「……おい!」
秀吉は光秀が曲がった角まで追いかけたが既に姿は見えなかった。
「あの野郎!」
近くの柱をガンっと拳で殴り付ける。やはり噂を知っている上に、他人事のように言いやがって、と怒りが収まらない。怒りに任せてもう一度柱を殴りかけた時、後ろから声がかかった。
「秀吉さん。どうしたの? 大丈夫?」
「さえり? お前、大丈夫なのか!?」
「え?」
「え?」
二人で顔を見合わせる。ふっと同時に吹き出した。お互いほぼ同時に心配して疑問を声に出したことが何やら可笑しい。
しかし秀吉はすぐに真顔になり、さえりの肩に手を置いた。
「さえり、光秀の事で……」
「あ! 私、光秀さん尾行しなきゃ!」
秀吉の言葉でさえりは急に思い出したように声を上げた。
「……尾行?」
「大丈夫! 本人の許可は貰ってるから!」
さえりが秀吉の手を肩から外し、光秀が去った方へと追いかけていく。ふと廊下の角を曲がる直前で振り返った。
「秀吉さん、私は大丈夫だよ。ありがとう、またね!」
さえりは手を降って姿を消した。
「何なんだ、一体……」
秀吉は呆気にとられていた。さえりは泣いていなかったし、無理をしているようにも見えなかった。尾行、という言葉が気になるが……。
次に光秀を掴まえたら今度は逃がさず聞き出してやると、秀吉は眉間に皺を寄せたまま、その場を立ち去った。