第28章 尾行
さえりは一瞬、息を呑んだ。
「……えっ、それは……仕事、じゃないかな」
光秀が誰にも明かさず暗に謀反の芽を摘み取っている事は知っている。その対象には女性もいるだろう。とは言うものの、もやもやする気持ちは簡単には抑えられない。
「でも! その娘は上目使いで光秀さんを見てて、光秀さんも笑顔でまんざらじゃなさそうだったよ。目がクリクリしてて髪は短めで、さえりちゃんみたいに編み込みしてた。あっ、もしかして真似してるんじゃないかな?」
「……そう」
もう千与の言葉の後半はあまり耳に入ってこなかった。千与はさえりの手を握り、真剣な表情で訴える。
「さえりちゃん。私は困らせようと思って言ってる訳じゃないからね。ちゃんと確認した方がいいよ」
「わかってる。忠告ありがとう、千与ちゃん」
「うん! 頑張ってね! もう暫くは安土に居るからまたよろしくね」
笑顔で手を振る千与と別れ、さえりは城への道をとぼとぼと歩く。
光秀さんが浮気?
そんな事はないと思うけど……
このスッキリしない感情をどうしようかと悩んでいた時、視線の先に光秀を見つけた。思わずさえりは物陰に隠れて光秀を盗み見る。
光秀は香を売る店先で女店主と話していた。色香漂う美人で、商品を受け取り代金を支払っているだけなのに、疑いそうになる。さえりは自然と目を奪われる。とてもイケナイ事をしているようでドキドキする。
その後店を後にした光秀は町娘に囲まれていた。その中に千与が言う特徴の娘は居なさそうだ。何を話しているのか気になるが、ここから会話は聞こえない。やきもきしながら見守っていると、暫くして丁寧にあしらわれたであろう町娘達はそれでもキャッキャとハシャギながら去っていった。