第28章 尾行
気持ちのよい風が吹くある日。さえりは市へと買い出しに来ていた。
ふと、少女が大きな身振りで手招きしている事に気付く。
「さえりちゃん! こっちこっち!」
「千与ちゃん! 久しぶり。安土に来てたんだね」
「うん、数日前からね」
千与、と呼ばれた少女はさえりの手を引いて店の前へと案内する。
千与は元気いっぱいのしっかり者で、ちょっとおませな女の子だ。流しの行商をしている父親を手伝っていて、時々安土にやって来る。若いながら品物を見る目は確かで、さえりはすぐに仲良くなった。
「いい反物が入ったの。さえりちゃんにどうかなと思って取ってあるんだ」
千与は店の奥から自信満々に反物を持ってくる。
「わあ、綺麗な布! 作りも凄く丁寧だし」
「そうでしょう? さえりちゃんなら絶対気に入ると思ったんだ」
千与が手にした反物にさえりはすぐに目を奪われた。どうだと言わんばかりに胸を張る千与は大人と子供っぽさが混在していて、とても可愛らしい。
「これで着物を作って恋人の……光秀さんだっけ? 彼に見せたら絶対惚れ直すと思う!」
「もう、千与ちゃんたら」
さえりは苦笑いをしながらも、その布で作った着物を着て光秀に見せる姿を想像する。でも少し高いかな、と悩む。
「ね、おまけつけるから!」
「ふふ、千与ちゃん相変わらず商売上手だね」
「毎度ありー!」
買った反物を丁寧に風呂敷で包んで手渡してくれる。渡しながら千与が不意に袖を引っ張り、小声で耳打ちしてきた。
「あのね、さえりちゃん。言おうかどうか迷ったんだけど……」
言いにくそうにする千与に対し、不穏な空気を感じ取ったさえりはわざと明るい声を出す。
「なあに?」
「……先日、光秀さんが凄く可愛い娘と歩いてる所を見ちゃったの」