第24章 誘惑
さえりは家康の御殿を訪ねていた。
「家康、文を持ってきたよ」
部屋に入ると家康はさえりを見るなりパッと顔をそらした。
「どうかした? 家康……」
いつもとは違う仕草に首を傾げたが、ふとあることに思い至る。
「もしかして……政宗が来た?」
「来た。ついさっき」
家康がさえりを見る。その頬は少し赤い。
「あんたが欲求不満だって言い残して」
「なっ……!」
「嘘。でも当たらずとも遠からず、じゃないの? 誘惑の方法を模索してるだなんて」
「ち、違うよ!」
さえりは赤面した。顔から火が出そうだった。一体政宗はどんな伝え方をしたのだろう。だんだん話が大きくなってきてる気がする。
「媚薬でも使う?」
「えっ……」
「冗談だよ」
にっと、家康が笑った。
「そんな都合のいい物あるわけないでしょ。自力でなんとかしなよ」
「そ、そうだよね」
存在したとしても媚薬を使うつもりはないが、動揺が隠せない。
「仕方がないから、これあげる」
家康が立ち上がり、奥の引き出しから小袋を取りだしてきて、さえりの手のひらに乗せた。
「これは……?」
「お香でも焚いてみたら」
小袋からはいい香りがした。
「媚薬じゃないけど、気分を変えてみるのも良いんじゃない? でもまあ惚れあってるんだし、必要ないかもね」
「ううん。ありがとう、家康。使ってみるね」
「せいぜい頑張りなよ」
さえりは小袋を懐にしまい、部屋を出ていく。それを見送ったあと、家康は長いため息をついた。
「どこまで周りを巻き込んだら気が済むの」
家康のぼやきはしばらく続いた。