第24章 誘惑
午後になり、さえりは世話役の仕事で秀吉の御殿を訪れていた。
「秀吉さん宛の文です」
「ありがとう」
秀吉は笑顔で文を受けとると、急に真剣な表情になった。
「さえり、光秀と何かあったのか?」
「え? 何、急に」
「さっき政宗が来て、さえりが光秀の事で悩んでる様だから相談に乗ってやれって言い残して帰ったんだ。誘惑がどうとか言っていたが…」
政宗に口止めしとくんだったとさえりはしきりに後悔する。だが時既に遅しだ。
「ええっと、誘惑っていうか、男の人が惹かれる仕草ってどんなのかなって思っただけで……何もないよ!」
「ふうん……」
真意を探るような視線に居たたまれなくなる。暫くすると秀吉は笑みを浮かべた。
「もっと好きになって貰うためか?」
「そ、そう、それ!」
秀吉の助け船に勢いよく肯定する。
「まったく、惚れすぎだ」
半ば呆れ顔で笑う秀吉に、さえりは恥ずかしくなり頬を染めた。
「女から誘惑なんてするもんじゃない。笑顔で側に居てくれたらそれでいい、って俺なら言うけどな」
「そっか……」
秀吉の言葉にさえりは俯く。その姿を見かねた秀吉が続ける。
「でもまあ……そうだな、逢瀬に誘うぐらいなら良いんじゃないか?」
さえりがぱっと顔を上げた。
「なるほど、流石秀吉さん。人たらしは言う事が違うね」
「おい、それ褒めてないだろ」
秀吉がわざとらしく顔をしかめて見せた後、二人はくすくすと笑う。
「ありがとう。試してみる」
「ああ、頑張れ」
さえりが出ていったあと、秀吉は煙管を取りだし、ひと吹かしする。
「あんなに惚れられてみたいもんだな」
秀吉の呟きは誰にも聞かれる事なく、煙と共に消えていった。