第23章 咳逆疫
額に触れるやさしい感触にさえりは目を開けた。体中の節々が痛い。自然と顔をしかめる。
「さえり。しんどい時は素直にそう言え」
ハッとして声のする方へ目をやると、光秀が額に手を当て心配そうに見つめていた。さえりは慌てて掛けていた衾を引っ張り上げ、口許を隠す。
「うつったら、大変なので。私は、大丈夫なので」
咳き込みながら必死でそれだけ伝える。でも本当は、来てくれて凄く嬉しい。
「俺にうつさない為に嘘を付いたと?」
「……ごめんなさい。怒ってますよね」
「少しな。だが今は回復することに専念しろ」
さえりはコクりと頷いた後、光秀を上目遣いに見つめた。
「本当に、うつしたくないので……」
「……やれやれ、強情だな」
光秀はため息をついた。
「わかった、家康から貰ってきたこの薬を飲んだら帰る事にする。だから起きて飲め」
「ありがとうございます……」
光秀が湯飲みを差し出す。薬なんていつの間に、と思いながらさえりは湯飲みを受け取ろうと半身を起こし手を伸ばす。
すると光秀はサッと湯飲みを下げ、さえりの手を引き寄せて、口づけた。
「な、な、なっ……!」
予想外の事態に驚いて言葉が出ない。
「これで諦めがついただろう? 大人しく看病されておけ」
ニヤニヤと愉しそうに笑う光秀に唖然とする。
「騙したんですか……!」
「今回はお互い様だろう?」
そう言われると反論できないけれど。
「もう、知りません……!」
さえりは光秀に背を向けて褥に横たわった。衾を頭から被る。
「反論は治ってから聞く。本当に薬を貰ってくるから寝ておけ。あと食べ物もな」
そう言うと、光秀は部屋を出ていった。
もう、人の気も知らないで……!
さえりは悔しさと嬉しさと熱で、目を潤ませていた。