第21章 雨
「光秀さん。おはようございます。何してるんですか?」
気がつくとさえりが紫陽花と自分を覗きこんでいた。もうそんな時刻かと光秀は少し驚く。どれだけ考え込んでいたのかと。
「さえり、おはよう。…紫陽花を眺めていた」
「珍しいですね。近づいても気付かないなんて。考え事ですか?」
不思議そうな顔で見つめてくるさえりに、光秀は聞いてみたくなった。今まで、ずっと聞けずにいたこと。
「さえり……お前は、帰りたいと思った事は無いのか?」
じっとさえりを見つめる。
「お前の居た、時代に」
さえりの目がこぼれそうなぐらいに見開かれた。それはそうだろう、時代という言葉を使ったのは初めてだ。
「知ってたんですね……」
「推測だがな」
「隠すつもりは無かったんですけど、言うタイミング……時期を逃してしまって。ごめんなさい」
さえりが目を伏せる。その時、ポツポツと雨が降り始めた。さえりの頬に1滴、雨粒が落ちて流れていった。
まるで涙のようだと光秀は感じた。
涙雨か?
光秀は羽織を脱ぎ、さえりが雨に濡れない様に頭からすっぽりと被せる。
さえりが再び光秀を見つめた。
「家族も友人も未来に居るので、正直寂しい思いはあります。でも、帰りたいと思った事はありません」
「俺が、捨てさせたか?」
「いいえ。捨てたんじゃない。選んだんです」
さえりの瞳に強い意志が宿る。
「貴方と共に生きる人生を」
「……そうか」
何故か泣きそうになって、光秀は空を仰いだ。雨が顔を濡らす。涙を隠してくれる気がした。