第21章 雨
空がだんだんと白み始めた夜明け頃。
目が醒めた光秀は直ぐにさえりの姿を探した。
隣ですやすやと眠るさえりに安堵する。次に自分の手を確認する。
透けていない。当たり前だ。
無性にさえりを抱きたくなって手を伸ばしかけたが、空中で手を握りしめ何とか押し止めた。
昨夜も散々抱いて無理をさせたのに、朝から叩き起こすのは忍びない。しかも、夢をみて不安になったからだなんて、みっともない。
自分は弱くなったのか?
光秀は苦い思いを噛みしめながら起き上がった。羽織を肩にかけ、さえりを起こさないように静かに部屋を出る。
草履を引っ掛け庭を散歩する。今日は太陽が見えない曇天のようだった。庭に咲く紫陽花だけが色味を帯びている。それにさえりの笑顔を重ね合わせ、そっと触れる。
今朝見た夢を思い出す。
さえりは、帰りたいと思った事は無いのだろうか?
未来に。
さえりの口からハッキリと聞いた事は無かったが、この時代の人間ではない事はなんとくわかっていた。
勿論、最初はそんな事はあり得ないと鼻で笑っていた。しかしさえりの過去は自分の情報網をもってしても全く掴めず、正体不明だ。それに時々口にする奇っ怪な言葉と、それを共有する佐助という存在。佐助もまた正体不明の人物だ。
そんな二人はよく時代という言葉を口にしているようだった。そう言えば本能寺で初めてさえりを目にした時の格好も普通とは異なっていた。
さえりの事を知れば知るほど、奇妙な現象に納得せざるを得なくなっていた。
だから、あんな夢を見たのか
光秀はただ黙って紫陽花を見つめていた。