第2章 わたしの世界
……今『兄さま』がいない理由が分かってしまったから。
私は寝台の上でゆっくりと顔を動かした。
『わたし』が産まれて直ぐどこかに行ってしまった『兄さま』は数か月帰って来てくれない。
もう直ぐ私も爺様婆様も乳母も、みんな"いなくなって"しまうだろう。
夏が来る。
寝台に座って手を伸ばし、窓を久しぶりに開ければ、もう梨花も紫陽花も見えない。
私たちは今年の夏を越せない。
ーーー今日、『梨雪』の世界は終る。
朝から屋敷の様子がおかしい。何時もなら数人は侍女が周りにいるはずだが、今日はいないし、それ以上に屋敷自体に人の気配がない。
そう、まるで世界に私一人だけのような。
まだ日が昇らないうちに侍女が置いた香炉からは、薄く細く、甘い匂いが立ち上っている。
『わたし』を世話する侍女の中でも、姫家らしくない優しすぎる侍女は、なるべく『わたし』が"香"を吸わないように努力したようだが、所詮生後半年の子供の生命力などたかが知れている。
じわじわと首を絞められているようだ。
私は歳に合わないため息をこぼした。
生きたい、とかいう感情は、真実を知ってからの数ヶ月でかなり色褪せてしまった。
この"香"が、攻めて苦しまずに逝けるものだったら良い。
………『私』に"梨雪"をくれた『兄さま』はもう、この世界に居ないのだろうか。
『わたし』もそろそろ限界だ。
『私』は、甘い匂いに思考を沈めて仕舞おうと静かに瞼を閉じて、