第4章 冬の黄葉
その日、葉棕庚こと黄葉は、薄っすらと雪が掛かった山を、当てもなく歩いていた。
この山に人が立ち入ることは殆どなく、老人の姿をしている黄葉が、明らかな薄着でぶらついていても見咎める存在はない。中々珍しい薬草が生えているので、葉棕庚として訪れることもあるが、今日の目的は特にない。
……あえて言うなら、山を散策すること、だろうか。
だから、ふと木々の間をくぐった際に現れた年端もいかない少女には、かなり驚いたのだ。
気を付ければ人の空気はわかるものの、常日頃から意識しているわけではない。
黄葉の腰ほどしかない背丈から考えるに、1つになったばかりという程度の少女。
纏う衣は質素だがしっかりとしたもので、ある程度の家柄であることが伺える。
濡れたような黒髪に、透き通るような肌、ふっくらとした唇。
紅薔のような大人の色気はないものの、壮絶な美少女だ。
少なくとも、朝っぱらからこんな山奥にいるような存在ではなかった。
不思議に思って少女の持つ籠を見れば、成程、ここらで採れる薬草がてんこ盛りになっていた。
それにしても、こんなところに独りで来るとは無用心ではなかろうか。
今、この国は平和でない。
人攫いや身売りなども行われているのだから。
柄にも合わず少女を憂いていれば、少女は更に黄葉を驚かせる発言をかました。
「………………綺麗な黄葉ですね」
黄葉と目が合ってからの少女が何度も目を擦っているから、どうかしたかとは思っていたが、まさか「綺麗な黄葉」と来るとは思いもしなかった。初冬の今、「黄葉」という言葉が出たからには、黄仙である黄葉の何か、を観たのだろう。
少女の額に手を当てて、少女の中に”潜る”。
産まれてから今までの記憶、思い。
産まれる前の”少女”の人生。
違う世界。
そして、
「…………紫陽花の残り香か」
そう独り言ちた自分の声が、思いの外郷愁を含んでいることに黄葉は驚いた。