第9章 Connecting The Dots
たとえ本当に喉が渇いていなかったとしても、おそらくほとんどの人間ならばあの場では断るという選択肢を選ぶことはないだろう。
クラウスはその事がどうも引っかかっていた。
無理に飲めばいいというものではないが、『出されたものを決して口にすまい』という彼女の硬い意志をそこに見て取れた気がクラウスにはしていた。
(──私やギルベルトの事を警戒していたのかもしれない。それほどまでに他人を警戒する理由は一体……)
見た目は普通の少女だった。
ただその佇まいや言動は、そこらの同年代の少女達とは多少異なるところがあった。
「よっぽど気に入ったんすね、その子の事」
「…そう、なのだろうか」
「でなきゃ、そんなに買わねーでしょ普通。弁償だってんなら、一着で充分っしょ」
(──『気に入る』というと語弊がある気もするが……)
ザップの指摘に、クラウスは自身の気持ちを整理し始めた。
──ミス・アメリアは、何か秘密を抱えている。
それが列車事故や異界人の突然の暴走に関するものであるから、彼女の事が気になるのは道理だ。
しかし、私が彼女にこれだけの服を買い与えたのは、そんな理由ではない。
自身の事は省みず、他人の為に行動する。
私は彼女のそんなところに惹かれていたのだ。
数度会っただけではあるが、自分に似たものを彼女に感じたからかもしれない。
初めて会った時、小さな子供を守るように自らを盾にしていた事も、私の怪我の為に自分の服を躊躇なく破いた事も。
彼女が『誰かの為に己を犠牲にする事を厭わない』人物だということを端的に表している。
慎ましく控えめで、時に大胆で。
どこか謎めいた彼女に、興味を引かれた。
だからこそ、私はあそこまで頑なに、彼女に服を買い与えたのだろう。
そう結論づけたところで、クラウスは「ふむ」と納得したように頷いた。
「そうだな。君の言う通りだザップ。私は彼女の事を“気に入って”いるのだ」
「事故引き起こした張本人かもしれねぇってのに……旦那、あんたやっぱおかしな人だ」
「そうだな」
自分の気持ちを整理し終えたクラウスは、ソファから立ち上がった。
少女が何者であろうとも。
一刻も早く彼女に接触しなければならない事に変わりはない。
クラウスは自分のデスクに着くと、パソコンの電源を立ち上げた。