第1章 序章
「ぼ、牧師…頼む、金ならいくらでも払う、だから……」
「申し訳ない。これはいくら金でも解決できる問題ではありませんのでね」
「そんな、がっ……!!」
次の瞬間には、何かが顔の横を通り過ぎ、後ろでドサリと何かが倒れる音がした。
ズルリズルリと異形から伸びた腕のようなものが、床をひきずって異形の元へ向かって縮んでいく。
さっきまで客だった男はピクリともしないまま、床に真っ赤な線を残して異形の懐の中にしまい込まれてしまった。
「あ……あぁ……」
恐怖に打ち震える私をよそに、牧師は平然とした顔でその様子を眺めていた。
悪魔だ。
私達は、悪魔に囲われていた。
体を売る仕事の最後に行きつく先は、文字通り、『体を売る』ことになるのだ。
このままでは、兄も、私も、他の子供達も。
いずれは殺されてしまう──。
「可哀想に。約束を守っていれば、こんな目に合わずに済んだというのに」
近づいてきた牧師が私の頬に触れる。
ぞわりと全身があわだつほどに、その指先は冷たかった。
「他の者に告げ口をしたところで、どうにも出来まい。お前たちは、鳥籠の中の鳥と同じなのだから」
──ああ、神よ。
出口を準備してくださるのではないのですか。
私達は、どれほどの試練を乗り越えれば、貴方の救いの手を、差し伸べていただけるのですか。
「うあぁぁっ!!」
突然、咆哮にも似た声が上がって、すぐ後に鈍く何かがぶつかる音がした。
“…あァ、シマッた……”
ズルリと異形が腕を持ち上げると、その腕には兄の体が刺さっていた。
「に、兄さん……っ!!」
ピクリと、兄の手が動く。
まだ息があるのかもしれない。
だけど、どうやって兄を助けたらいいのだろう。
私には、何の、力も、無い。
ただ神に祈りを捧げることしかできない、無力な人間だ。
『神様なんていないよ』
兄の声が頭の中に響く。
兄の体からはだらだらと血が流れ出て、床には大きな血だまりが出来ていた。
ああ、神よ。
今まで捧げてきた祈りでは足りないというのですか。
ならば、私のすべてを捧げます。
体は汚れてしまっているけれど、魂だけは。
魂だけは、汚されていません。
だから、どうか。
兄を──お救いください……