第1章 序章
「ええ、では明朝に“50番”の受け渡しを」
“綺麗ナ状態で頼ムゾ”
「ええ、ええ。心得ておりますとも」
“出来レバ、他の番号も買いタイ。若けレバ若いホド、肉は柔らカク甘イ”
「それは受けかねます。申し訳ないが、他のものはまだうちで使えますのでね。そこはご理解いただきたい」
“…処分が必要にナったラすぐ二連絡ヲ”
「ええ、その時はよろしくお願いいたします」
牧師と対面している者は、異形の姿をしていた。
異形と言っても、ここヘルサレムズ・ロットでは別段おかしくない存在。
教会の外を歩くことは出来ない私達でも、外からやってくるお客の中には明らかに人間とは違う“異界人”と呼ばれるお客がいるから、その存在は知っている。
だけど、この牧師と会話している異形の言葉の端々には、恐ろしさを感じずにいられなかった。
「(まさか……食人はクライスラー・ガラドナ合意で禁止されているはずだぞ)」
男の呟きから、私の恐怖心が間違いでないことを知る。
牧師は異形の者と孤児院の子供達の売り買いをしている。
そして今、牧師が口にした番号、50番は。
兄につけられた番号だ。
背筋を冷たい汗が流れていく。
体の芯からブルブルと震えが起こる。
兄が、売られる。
それも、食材として。
動揺は波打つように私の体を震わせた。
「……っ!!」
男も私も息を飲む。
気が付いたら眼前に、異形の顔があった。
いくつもの目玉がギョロギョロと私と男をねめつけている。
「ひぃぃっ……!! どうか命だけは、命だけは!!」
男は私の背をぐいと押し、異形と男との間に私を挟んでまるで盾のようにし、私の影に隠れた。
私を自由にしてあげたい、だなんて。
やっぱり嘘じゃないの。
本当に私のことを思うのなら、いま私を盾になんかしないでしょうに。
恐怖で動けないはずなのに、頭は冷静にそんなことを考えていた。
「……困りますな、お客様。小屋から出る際は必ず連絡を入れるようにお願いしていたはずですが? ……そしてお前も、この時間はここに近づいてはならないはずだが」
“聞かレテは仕方ナイ。こノ2人モ買い取ロウ”
「いえ、しかし。男はともかくこの515番はまだ手放したくないのです。この者なら口外することはないでしょう。ここから出られないのですから」