第1章 序章
そこからの記憶は曖昧だ。
急に牧師がおかしな声をあげて発狂しだしたかと思うと、続けて異形の者も耳障りな音を発して苦しみだした。
異形の腕に刺さった兄が宙へと放り出されて、ゆっくりと十字架が落下してくるのが見えた。
その後はぼんやりとした記憶しかなく、いつの間にか私は意識を手放していた。
私がハッキリと意識を取り戻した時には、外が明るくなってきていた。
意識を取り戻した私の目に飛び込んできたのは、兄の泣き顔だった。
「兄さ、ん……?」
「アメリア、目が覚めたか…?」
私は夢でも見ているのだろうか。
それともとうとう死んでしまって黄泉の国にいるのだろうか。
「ここは天国?」
「何言ってるんだよ、まだ現世だよ」
「だって……そんな……」
頭はぼんやりとしているけれど、私は確かに兄さんの体が異形の腕に貫かれるのを目にした。
床に出来た血だまりも、鉄の匂いも、確かに覚えている。
あの状態で、助かることがあるのだろうか。
そっと、兄さんの体に触れた。
「…もしかしたら、神様は本当にいるのかもしれないな」
兄さんが血に染まった服をめくった。
だけど、そこには何の傷も見当たらなかった。
「どういう、こと……?」
「僕にもよく分からない……だけど理由なんかどうでもいい。とにかく、ここから皆で逃げよう」
「逃げるって、でも」
「死んだよ。牧師も、異形のやつも」
兄さんの指さした先には、床に横たわる二つの体と、その体を床に繋ぎ止めるように十字架が突き刺さっていた。
「祈りが……通じたのね」
神様は、私達をお見捨てにならなかったのだ。
私達はもう、鳥籠の中の鳥ではない。
まばゆく差し込む朝日を浴びながら、私達は教会を後にした。