第1章 序章
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‐アメリアside-
「見送りを頼めるかな」
質の良いオートクチュールの上着を羽織りながら、今日最後の客が言った。
この人はお客の中でもまだましな方だ。
未成年をお金で買って抱くという行為は褒められたものではないけれど。
ナイフで傷をつけたり、殴ったりしないだけずいぶん紳士的に思える。
「…教会に入る手前までなら」
「そうか、君らはこの時間は移動に制限がかかるのだな。まったく、こんなことをさせておいて狭量な牧師だ」
男の言葉に腹の中で笑う。
牧師のことが言えた口ではないというのに。
大人は都合がいいように、自分の行動を棚にあげる生き物らしい。
「私にもっと財力があればね。君を自由にしてあげられるんだが」
何度目かしれない男の戯言にまた腹の中で笑った。
男の言葉を本気にした最初の頃が懐かしく思えるほど、この言葉は男の常套句だ。
他愛のない話をしながら、教会の手前まで来た。
そこで男とは別れるはずだった。
「なぁ、やはり出口まで見送ってくれないか」
「出来ません。叱られてしまいます」
「なぁに私がきちんと牧師には話すよ。それに、ホラ。これがあれば大丈夫さ」
男はヒラヒラとお札を振る。
確かにあの牧師なら、いくらか握らせればこの時間に行動制限区域を出ても目を瞑るかもしれない。
「君にも、ホラ」
男にお札を数枚握らされる。
私にもチップをはずむから言うことを聞けということか。
駄々っ子のようにも思える男の行動に腹の中では笑いながら、表情にはださないようにつとめた。
教会に足を踏み入れてすぐに、ぞっとする空気を感じた。
それは男も同じだったようで、固まったまま動かない。
何か声をかけようとした私の口元を、男は慌てて手で塞いだ。
「(静かに……誰か…いや、ナニかがいる……)」
男も私もピンと張りつめた緊張感を保ったまま、その場から中の様子をうかがった。
薄暗い聖堂のあたりに、牧師と、誰か─ナニかが対面しているのが見えた。
牧師はナニかと話をしているようだった。